「神楽太夫」(横溝正史)

横溝正史の戦後復活第一作

「神楽太夫」(横溝正史)
(「刺青された男」)角川文庫

「神楽太夫」(横溝正史)
(「消すな蠟燭」)出版芸術社

神楽の一行七人のうち、
三郎王子・四郎王子の二人が
姿を消した。
従兄どうしでありながら
二人の仲は険悪だった。
やがて四郎王子の
遺体が発見されるが、
その顔は激しく損傷していた。
若い警部補は
「顔のない屍体」事件と睨む…。

昭和21年3月発表の本作品は、
横溝正史
戦後復活第一作にあたります。
戦時中、横溝はぎりぎりまで
探偵小説を粘り強く
執筆していたのですが、
当局の検閲が厳しく、
人形佐七シリーズに軸足を移して
時機の到来するのを
待っていたのです。
本書「刺青された男」に
収録された作品群は、
そうした冬の時期を耐え抜いて
咲き始めたふきのとうのように、
ささやかではありながら、
みずみずしい力強さを
湛えた作品ばかりです。

本作品の読みどころ①
「顔のない屍体」の変形

横溝得意の「顔のない屍体」です。
いかに読者の裏をかくかの試みです。
探偵小説愛好家の若い警部は
すぐさま
「顔のない屍体」事件であると判断し、
捜査を進めるのですが、
真相はもっと別のところにありました。

本作品の読みどころ②
探偵小説と地方文化の融合

横溝は戦時中、岡山の
吉備郡岡田村に疎開していました。
疎開生活で得た岡山の地域文化を
探偵小説に反映させ始めた
作品なのです。
「鬼火」「蔵の中」の路線のままでは
「獄門島」「八つ墓村」のような
金田一ものは誕生しなかったのでは
ないかと思うのです。
何より本作品の
表題ともなっている「神楽太夫」は、
晩年の名作「悪霊島」にも
使われた素材です。
戦後第一作と著者最後の大作が
一本の線で繋がっているかのようです。

本作品の読みどころ③
当時の農村部の生活色

「廃疾者の亭主をもった
若い村の女房」に、
二人が夜這いをしていた云々という、
現代では考えられない状況が
犯罪の背景にあるのですが、
当時の地方では
あり得ないことではなかったとか。
横溝はそうした噂話等も
巧みに取り込んだのでしょう。

「あなたはもしや桜に
疎開して来ている探偵小説家の
Yさんじゃありませんか」と
茸狩りに出かけた先の山中での
やりとりで綴られる本作品自体が、
疎開時代の横溝の生活を
そのまま表しています。

作品に登場する若い警部補同様、
読み手は最後に
肩透かしを食う構造になっています。
地味ながらも味わい深い本作品、
横溝好きにはたまらない一品です。

(2019.3.24)

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